私がここに入ってから、嬉しい事ばかりです

とあるコンビニエンスストアの裏で、面接が行われていた。
「それじゃ、自己紹介をお願いします」
彼は斎藤芳樹といい、店長である。今年で四十になる。実家の酒屋を継いだはいいものの両親の急逝により働き手が自分しかいなくなり、
案の定経営が悪化し、一か八かコンビニエンスストアにした。これがそこそこ立地が良かったようで、今のところ食べるには困っていない。
「はい。新野美南子と言います。愛名川高校に通っています、十七歳です」
向かい合って座っている一人の女性が言った。至極美人という程の顔ではないが、整っている。
「新野さんね。それじゃ、当店を志望した動機は?」
「接客業に興味があったからです。あと、家から近いのと」
「新野さんの家、犀川でしたね。確かに近いですね。では、週何日入れますか?」
彼女は美人であるし、態度もよく今の所悪い所は見つけられない。斎藤はそう評価した。
よほど何か、異常な事象がないならば採用してしまおうと検討していた。
「三日……くらいですかね。土日は休みたいのと、火曜日と木曜日は礼拝があるので」
「礼拝?新野さんはクリスチャンでしたか」
「いいえ」
「じゃあ、他の宗教ですか」
「はい、昨年ラトラン・エネミリアン教に入信しました」
斎藤の手が止まった。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして再度尋ねた。
「えーと、何教……って?」
「ラトラン・エネミリアン教です」
「えーと……ラトラネネミリアン……? ね。」
どうも聞いた事が無い宗教だ。斎藤は訝し気に尋ねた。
「ラトラネネミリアン教、というのはどういうものですか……?」
「そうですねぇ」
美南子は少し考えた後、説明を始めた。
「ネメレン・オリアスタさまが教祖です。彼を信じれば幸せになり、天国へ行けるのです」
「はぁ……歴史はどのくらいで?」
「オリアスタさまは五年前に悟りを開かれたそうです」
斎藤は、なんだかよくわからないもの今の時点では新興とはいえ普通の宗教だと思った。
「大体、どういう事柄を信じるのですか?二三、説明をお願いします」
「私達の教では、パンと海草が全ての神なのです。パン様と海草様を無駄にすれば天国にも地獄に行けず魂が留まるのです。
 そこで一日五枚の六枚切りの食パンと、茶碗に一杯程の海草を食べます。調味料はパン様や海草が怒るので使いません。
 そしてパンはおいしいです。パン屋は神を作り出す創造主であり、神聖な職業なのです」
「はあ……それで?」
新野は斎藤が興味を持ったと思い、説明を続けた。もちろん、斎藤は少しだけ面喰らった。
神が人工物という時点で信じる方が難しい。この話を信じられるのは彼女が思春期だからだろうか。
「エミリアン──これは私達の宗教を信じている人の事を言うのですが──の中ではしゃことエビは不浄な生き物とされています。
 しゃことエビを見たらすぐ頭を潰せと言われています。しゃことエビは不浄であり世界を混乱に貶める異星人なのです!
 この世をしゃこやエビのような下等生物に征服される訳にはいかないのです!」
「はぁ……」
不浄な上に異星人とはどういう事だろう。斎藤はいよいよ付いて行けなくなり始めたが、止める前に新野が喋り出した。
「しゃことエビを撲滅し、この世を護る為に、パンを作る為にオリアスタさまにはお布施が不可欠なのです。
 一日8回、その近くにパンがある数だけ礼拝するのです。その場にない場合は、近くにあるパン屋に向かって礼拝します。
 パンは、世界の秩序を護ってくれる!パンは、私達を幸せにしてくれる!パンは、恋愛を成就させてくれる!何より、パンはおいしい!」
斎藤はお布施のくだりから話を理解しようとするのをやめた。
「ええ、えっと……新野さん、何時から何時まで入れるんですか?」
「夜の十時から、四時間やろうと思っています」
「あ、じゃあ、労働基準法違反で無理ですね。残念です。お帰りください」
「あ……、そうですか。……帰りますね」
新野は悲しそうな顔をして帰っていったので、斎藤も残念そうな顔で送りだすことにした。
ふと、エビの入ったパンの場合はどうするのかと聞きたくなったが、すぐに忘れる事にした。

その数カ月後斎藤は近所に別のチェーンの競合店が出来たと聞き、変装して偵察に向かった。
「いらっしゃいませ」
顔をあげ、斎藤は驚いた。元気よく挨拶していたのはあの日面接に新野美南子だった。
そして店内にはパンが少なく、その代わりなのかご飯が多く、特筆すべきはエビが入った商品が一つも無かった。
なぜか店員がやたらといるように見えた。店内に七・八人だろうか。コンビニにしては多すぎる。
商品を陳列している若い男性店員がいたので、斎藤は駄目もとで尋ねた。
「すいません、エビの入ったパンはありますか?」
「そんな物はある訳無いです。有り得ません」
客に向かってその態度はどうだろう、と思ったが取り敢えず気にしないでおいた。
「そうですか、ありがとうございました」
ガムとジュースを買って出てみると、店の看板には『エミリアン・ショップ』と大きく書いてあった。
斎藤は心配になった。私の親戚や友達は大丈夫か。この地域にエミなんとかは何人いるのか。何より、こんな店が近くに出来てうちの店は大丈夫なのか。
最後に、ガムとジュースの代金の一部がお布施になったかと思うと少し悔しく思った。




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